日常の中で感じるあんなこと、こんなこと。class A 薬局の仲間で、白澤薬局段上店(兵庫県西宮市)薬剤師の金光伴訓さんがお届けします。
『ドリルを買う人が欲しいのは穴である』
マーケティング界の2大巨匠の1人に、アメリカの経済学者:セオドア・レビットがいます。
『マーケティング近視眼』という論文で高い評価を受けた人ですが、この方の格言に冒頭の言葉があります。正しくは「人々が欲しいのは1/4インチのドリルではない。彼らは1/4インチの穴が欲しいのだ」だそうです。
1/4インチの穴さえ開けられれば、道具はなんでもいいわけで、消費者としてドリルを買う必要はありません。
つまりこの話は、売主が商品やサービスを販売する際、それらの機能や効能にばかり目を向けるのでなく、顧客は本当は何が欲しかったのか、顧客目線に立って考えれば、違うアプローチができたのではないかと言い換えられます。
同時に、売主が顧客に提供できる価値とはいったい何なのかを考えるきっかけを与えてくれます。
今年度上半期の本屋大賞にノミネートされた作品に、夏川草介著『スピノザの診察室』があります。
大学病院で将来を嘱望されていた消化器科医が、ある出来事を機に病院を辞し、京都市内の地域病院で働き始め、そこで生きることの意味を考えます。
細分化と専門化・医療DXが、大学病院だけでなく地域の診療所・薬局にまで及び、オンライン診療や在宅専門医・在宅専門薬局まで進む現代。
その中で、主人公の勤める病院は、時代に逆行して、外来でも入院でも、往診になっても、看取りになっても、ずっと診てきた医師が、患者の元に自転車を駆って足を運ぶ。
主人公は、医療が患者に提供すべき「価値」の一つに、最新の知識や薬剤、医療機器の他に、変らず患者を支える「安心」があることに気付き、命の最期に向き合います。
かかりつけ医・かかりつけ薬局という言葉が叫ばれて久しいですが、それらの目的は、患者が抱く「信頼」や「安心」に他なりません。
厚労省が推進する、何処でも何時でも診てもらえるオンライン診療等の「利便性」という価値もあれば、信頼できる医療を受け続けられる「安心」という価値もあります。顧客目線に立てば、患者が求める価値は多様です。だからこそ、自社が生み出す価値を何にし、誰に提供するのか。
「ドリルの穴」は、自社の持つ価値について考えさせてくれます。
text by 金光伴訓(かなみつ・とものり)
経済学部社会政策科卒。一般企業企画開発室を経て、薬学部へ社会人入学。在宅医療に取り組む中、社会福祉審議会で福祉医療計画策定に取り組んでいる。趣味は、映画・演劇・落語からラグビー・合気道と幅広い。
0コメント