東京、かっぱ橋道具街。ここは浅草ー上野間を南北に走る約800mの問屋街で、食器、調理器具、包材、食品サンプルなど、飲食店の全てが揃う場所。そんな中にあって、大きな黒暖簾と暖色の照明、見やすい店内で、他店と一線を画す、釜浅(かまあさ)商店の4代目店主、熊澤大介さんにお話を伺った。
プロだけでなく一般のお客さんにも
他業界を経て25歳から釜浅商店で働き始めた熊澤さんは、かっぱ橋が静かな街になりつつあることを感じていた。その原因はネットや大型ホームセンターの台頭、バブル崩壊後の不景気などだった。同じ頃、プロ向けの問屋街に一般客の姿が増えつつあった。それまでかっぱ橋では、一個などの細かい買い物をする一般客に対して「素人は帰れ」という空気があったが、釜浅商店は「プロだけでなく一般のお客さんにもファンになってもらう道を歩みたい」と考えた。
まずはホームページのリニューアルを、とデザイナーに相談すると「ホームページを変えても意味がない。全面的なリブランディングが必要です」と言われた。その時のことを「なんだかすごく話がデカくなって、ちょっと面倒臭いことになったなと思いました(笑)」と熊澤さん。でもよくよく話を聞くと、リブランディングとはパッケージだけをカッコよくすることではなく、中身も伴い、それをどんな風に伝えていくかを考えること。長年商売をやっていると、慣れや感覚の麻痺が本来の道筋をぼやけさせてしまうことがある。考えを整理することで、やりたいことや伝えたいことが際立つ。要は、ブランディングとは「情報の交通整理」なのだ。
何を一番伝えたいかを言語化する
大事にしたのはデザイナーの西澤明洋さんとの信頼関係。掻き回すだけ掻き回して去るのではなく、「嫌かもしれないけれど、結構介入していきます」との言葉通り、財務状況まで知った上で、どこまでやれるかを身内のように考えてくれる人だったので一緒にやりたいと思ったという。リブランディングは、まず「何を一番売りたいか、何を一番伝えたいか」を問う作業から始まった。答えは既に自分の中にあったが、言語化することが必要だった。そうして、「手入れをしながら長く使っていける、それに耐え得る道具たち」を一番売りたい、そのためにも「昔からあって今も残っている道具の理由をきちんと伝えていきたい」と言葉にした。
見やすい方がいい
2011年に店舗をリニューアル。それまでは問屋然として商品は積み上がり、どこに何があるのか分からず、しかも聞きづらい雰囲気だったのを、商品が見やすく人が回遊できる店内にした。このことで一般客に迎合したとプロが離れてしまう心配もあったが、西澤さんに言われた「相手がプロでも一般の人でも、見にくいより見やすい方がいいし、不親切より親切の方がいいに決まっている」は芯をついていた。「あり得ないかも知れないけれどb to bとb to cを共存させるのがうちの存在意義なんです」と熊澤さん。結果として、若者や家族客などに客層が広がった。一方で、昔から来ていた料理人や職人は一時的に離れたが信じて待った。
「道具と一緒に育っていきたい」と熊澤さんは言う。「道具を育て、自分たちも、お客さんも、産地や作り手も育っていくのがいい」。話は逸れるが、今回筆者は釜浅オリジナルの「鉄打出しフライパン」を買った。使い始めはくず野菜で油をなじませるなど、テフロン加工にはない手間があるが、立ち上る香りや、爆ぜる音の心地よいこと。そして、単なる炒め物がこれまでになく美味しい。道具も自分も育っていける気がし、釜浅商店が提唱する「良い道具には良い理(ことわり)がある」ことの快感を覚えた。
売りっぱなしではいけない
道具は売ったら売りっぱなしではない。メンテナンスや、相談に乗るなど常に寄り添い、必要あらばこちらから出向いていく。その延長線上にパリ店やニューヨーク店もある。パリではセイロが売れ筋で、先日は岐阜の職人によるセイロ作りのワークショップを開催。参加者にはエルメスのバーキンを作る革職人や、パン職人などがいたという。
商売は多売が肝だとすれば、「長く使える道具を売る」ことは矛盾しませんか?と質問してみた。「確かに矛盾しているようだけど、長持ちするのが道具の本質だと思う」と熊澤さん。「うちの道具を20〜30年使って買い替えに来るお客さんがザラにいるんだけど、これってその年月きちんと使えたから来てくれるわけだよね。その人が買い替えるスパンは20〜30年かも知れないけど、絶対に他の人にその良さを伝えてくれていると思っている」。実際、人に勧められて来たというお客さんが多く、日々店内は賑わっている。
最後に、店員さんが優しいと伝えると、「よくお客さんがそう言ってくれるんですよ」と目尻を下げる。そして「人ってお店作りで最も重要だと思う。隣の店と同じものを売ったとして、ここで買いたいと思ってくれる理由はそこしかない。また来たいと思ってもらえる雰囲気も、結局は人が作っているんですよね」
取材・文 篠田英美
釜浅商店
東京都台東区松が谷 2-24-1 AM 11:00〜PM 5:30 年中無休(年末・年始を除く)
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