日常の中で感じるあんなこと、こんなこと。class A 薬局の仲間で、白澤薬局段上店(兵庫県西宮市)薬剤師の金光伴訓さんがお届けします。
『ケイコ 目を澄ませて』
昨年の暮れ、気が付くと左眼が見えにくくなっていました。そのまま放置していましたが、日ごとに悪化していきます。意を決して定期的に利用している眼科を受診しました。医師の指示に従い、毎日使っている目薬を1つ中止しました。それでも視力は下がり続け、とうとう新聞や処方箋の文字も、普通には見えなくなりました。再度受診して、現状を説明しても、医師は「うーん」というばかり。不安になって、大学病院の眼科を受診し、精密検査をした結果、視神経に問題ないことは分かりましたが、相変わらず視力は戻りません。
そうこうして正月が過ぎて7日になりました。
「あれっ。少しだけど前より見える」
その日を境に視力は少しずつ回復し、1月中旬には視力が戻っていると医師から告げられました。ホッとしながら、ふと思いました。
『今見えているこの光景。以前の光景と同じなんだろうか?』
私の一番の趣味は、高校時代からの映画鑑賞です。
最近一番感動した映画に、昨年の映画界でほとんどの賞を総なめにした「ケイコ 目を澄ませて」があります。岸井ゆきの扮する聴覚障害の女性プロボクサーを描いた作品です。
ゴングの音も、セコンドの指示も、レフリーの声さえ聞こえない世界。その中でケイコは一人、目を澄ませることで戦い続けます。
https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
映画には劇伴といって、通常シーンに合わせて映像の背景に音楽が流されていますが、この作品には劇伴がありません。そのことで観客は、練習中に行われる縄跳びの音、リングで踏むステップの音、車の音、街を流れる川の音など、普段当たり前に感じている「音が聞こえる」ことを強く意識するとともに、ケイコはその日常の「音がない」世界で生き、不安や迷い、喜びや情熱など、さまざまな感情の中で揺れ動きながら戦っているのだと気付かされます。
病気になり、また障害を持つ人の映画を観たことで、実感できたことがあります。
それは、健常者には分からない、将来への不安や怖れです。
私たち薬剤師が、そんな不安を分かち合えれば、より患者目線に立った指導ができるのではないかと思います。
“ 目を澄ませば ”、今まで見えなかったものがきっと見つかるはずです。
text by 金光伴訓(かなみつ・とものり)
経済学部社会政策科卒。一般企業企画開発室を経て、薬学部へ社会人入学。在宅医療に取り組む中、社会福祉審議会で福祉医療計画策定に取り組んでいる。趣味は、映画・演劇・落語からラグビー・合気道と幅広い。
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